ドクタールーペスタッフ、ルーペちゃんがお届けする健康と生活にまつわるブログ

恒例・ルーペ母娘旅行「浜松(後編)」

こんにちは、先日珍しくブランドのファミリーセールに行ったら、結局何も欲しいものがなくて手ぶらで会場を出たルーペちゃんです。
しかも1つのフロアに5つもブランドが集まって、はしごできるようになっていたんですよね。
5つ全部回ったのに、買いたいものがひとつもなかったとは。
主催側の問題ではなく、ルーペちゃん個人に問題があるとしか思えません。

●史上最強の霊地を目指して

さて浜松母娘旅、そもそもなぜ「浜松」なのかという疑問も残っていますよね。
突然ですが、私は歴史学者の磯田道史先生のファンでして、テレビも著作もよく拝見しているのですが、

「日本史の内幕」という本を読んでいたら、”史上最強の霊地”という、女の人にはたまらないパワーワードを発見しました。
今の浜松城の近くにあった引間城は磯田先生によると『ここにやってきた男二人に天下を獲らせた。日本中をさがしても、こんな霊地はない。』とのこと。
男二人とは、豊臣秀吉徳川家康
え、ちょっとすごすぎて意味がわかりませんが。

16歳の秀吉が最初の奉公(就職)をして3年間過ごし、その後家康が自分の居城として10年以上過ごし、ここから天下を取りに出た、という城。
この引間城、現在は「浜松東照宮」となっています。

住宅街に、ポツンとしか言いようのない様子で佇んでいます。
お土産を買おうにもひと気がない。
言われなければ知らなければ、通り過ぎてしまうような場所です。

それにしてもひと気がない。。。
大丈夫?今日快晴の土曜ですけど?
この史上最強のパワースポットと称されてもなお一切浮かれていない様子にかえって有り難みが増す・・・

浮かれてたー!!!

家康!

秀吉!

そして娘!

きっちり入らせていただきました。
さあ、こんな遠くまでこのために来たんだ、ごっそりご利益頂いておけよー、娘。

●家康公の化身と遭遇

ひと気のない東照宮で、かなり年配のおじいさんが話しかけてきました。
いかにも地元の人らしい軽装で、これが御神木だから触っとけとか、どっから来たんだ、とかしきりに話しかけてきます。
私達がお参りを終えて浜松城の方に歩きだすと、杖をつきながらゆっくりゆっくりついてきます。
どこで話を切り上げたものかと内心ちょっと困っていたところ、大きい道路を渡る信号が赤に変わりかけたので、チャンスとばかりに「じゃあ失礼します」と走り出しました。
するとさっきまで杖をつきながらヨボヨボ歩いていたおじいさんが、私達を追い越すスピードで走って信号を渡ったのでした

今でも私と娘は、あの老人は家康公の化身だったと信じています。

●浜松城のスタバ

浜松城公園には、4月に出来たばかりの新しいスターバックスがあります。

はぁぁ、いーいスタバですねえ(渡辺篤史さん風に)。

天竜杉を使った建物は天井がスコーンと高く、木の匂いが清々しい。
木のテラスでは小さい子たちが遊ぶのを見ながらお母さんたちがゆっくりおしゃべり。
リスが住んでいるそうです。

混んでいたのでゆっくりできませんでしたが、地元の人のお散歩ついでの休憩にはとてもいいところです。

●浜松城

浜松城公園を突っ切って浜松城へも行きました。
東照宮にあった銅像と同じ、若い頃の家康を復元した像が展示されています。

磯田先生の同書に、”家康を見える化するプロジェクト”のことも書いてありました。
29歳時点の若々しい家康の顔。
評判の美形の家系だったそうで、現代において有名なあの狸顔とは似ても似つかないイケメンです。

浜松城の石垣は「野面積み」という、自然の石の形を残したままで積む技法で、表面が荒々しいのが特徴だそうです。

私の石垣コレクションで比べてみましょうか。

姫路城

松山城

松本城

熊本城

(よく城行ってるな私。。。)

●浜松市役所でも忘れずにご利益受け取って!


帰りは浜松市役所を通り抜けて帰りました。
なぜなら、磯田先生の本にはこんなことも書いてあったからです。
”ホンダ創業者の本田宗一郎氏が東京に行く前に住んでいたのは、今の浜松市役所玄関横の駐車場のあたり”
出世で町おこしもむべなるかな、と思うエピソードでした。

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恒例・ルーペ母娘旅行「浜松(前編)」

こんにちは、ルーペちゃんです。
漫画家の伊藤理佐さんが、学園祭でゴミを捨てに行ったら、ゴミ担当の男子学生が伊藤さんを通り越して後ろにいた女の子に「どうぞー」と手を伸ばしてゴミを受け取っていたことを”若い男にはおばさんが本当に見えていない”と以前描いておられました。
最近私にもそれを実感する出来事が立て続けにありました。
まあ「駅でぶつかってくるのはたいてい若い男」というのは以前からのあるあるなんですが、鳥貴族で食後にお茶を頼んだら二回連続でバイト君に忘れられたことは印象深いです(忘れていたので催促したらそれも忘れられた)。
さらに、前回書いた「新幹線の切符払い戻し」でJTBのお兄ちゃんにも手続きを忘れられていたのがトドメでした。JTBの人が手続きを忘れるってよっぽどですよ。(チケットを預けていたのに!)
お前ら本能に忠実すぎるだろ。。。

●横浜県の変

そもそもどうして受験追い込み期の娘を連れて突然浜松に行くことにしたかというとですね。
我が家でのちに「横浜県の変」と呼ばれる出来事があったんです。
ある日、返却された娘の模試の答案を見て目が飛び出ました。
点数も良くはなかったんですが、解答用紙のある欄に「横浜県」という見慣れない言葉があったんですよ。当然バツがついていましたが。
本来「神奈川県」と書くべきところを「横浜県」と書いてしまったというんです。
そんなありえないことが起きるほど、脳が疲れているんだ!と思った私は、すぐさまJTBに向かい翌日の新幹線の切符を取ったのでした。
旅好きの娘に旅が足りていないのだ、と。

●うなぎ藤田

浜松に行くまでの新幹線のすったもんだはこちら。
さて、前日の新幹線が運休のため、当日正規料金で浜松に向かった(くっそー)ルーペちゃん母娘。
こだまで2時間、浜松に到着しました。


駅にはあちこちに”家康・開運・出世”の文字が。
どうやら浜松は家康の出世にあやかる戦略をとっているようです。
観光案内所にもご利益のありそうな金色の家康くんがおり、しかもアニメっぽい声でしゃべるギミックがついていました。

浜松といえば外せないのが餃子うなぎ。
どちらにするか迷いましたが、浜松では一回しか食事ができないことを鑑み、単価の高い方を選択。
前もって調べていた駅から1分のこちらのお店を訪れました。

うなぎ藤田

ホテルの2階でそんなに目立つ入り口ではないのですが、すごい人です。
浜松でも有名なお店だそうですし、土曜のお昼どきなので仕方ありません、名前を書いて待つことにします。
お店の前で呼ばれるのをひたすら待つシステム。

その代り焼き場がガラス張りになっているのでうなぎが焼ける様子と焼ける匂いはタダで楽しめます。
・・・アガるなあ。

娘は待っている40分間、ずっとこうでした。


うな重(花)3,800円(税別)
松竹梅の「竹」にあたるメニューです。


ひとくち食べて「・・・ヘ(゚д゚)ノ ナニコレ?ふわっふわ!」
口の中で一瞬でほどけるふわっふわのうなぎ。
初めての食感です。
さっきずーっと見ていたおじさんが一生懸命焼いてくれたのだと思うと余計に美味しく感じます。
また、関東のうなぎを食べ慣れているためか、こちらのうなぎを食べると「うなぎのタレは甘くなくてもよかったんだ」と気づきます。
甘みでうまみを補う必要がないほど美味しいうなぎであるという、浜松うなぎの自信の表れでしょう。
(東京では白金台に支店あり)

●娘、ウクレレを買う

出発前、娘が「浜松に行くならウクレレを買いたい」と言い出しました。
別に浜松はウクレレの名産地ってわけじゃないし、ヤマハだったらたぶんこっちで買っても同じ値段だし。。。と言っても聞きません。
娘の中では、浜松=ヤマハ=楽器の本場、という図式が出来上がっているのです。
というわけで、うなぎの後は腹ごなしにヤマハ浜松店へ向かいました。

HPに「1F~3Fが楽器、楽譜のフロア、5F~7Fは音楽教室、8Fにはホールを備え、ピアノ・鍵盤楽器・管楽器・弦楽器から楽譜の販売、メンテナンス、レッスン、音楽鑑賞まで、あらゆる音楽のニーズにお応えします。」
とあるとおり、立派なビルがまるごとヤマハです。
目当てのウクレレは1階にありました。
種類が豊富すぎてどれを選んだらいいか分からなかったので、お店の方に相談しながら、試奏室があったのでいくつか試し弾きをすることができました。
こうやって丁寧に納得のいく楽器を買うことができるならば、なるほど浜松で買う意味はありました。

ちなみに娘がどうしてウクレレを欲しがったかというと、小学校の卒業研究でウクレレを題材にしているからです。
今までハワイのお土産のテキトーなウクレレを弾いていたので、「楽器」としてのウクレレの良さに感激していました。

(学校に置きっぱなしにしているので、残念ながら購入したウクレレの写真はありません)
ソフトケースと調律機がついてお値段2万円ちょっと。
安いのか高いのか、相場も分かりませんが、とてもいい音色で気に入っています。

次回に続きます。

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経験者として~梨子ちゃん、体験談を梨娘の学校にてお話させて頂きました~

皆さんこんにちは。

平成最後の、という言葉をよく耳にする今日この頃。
次の年号はどんなだろう。
それと同時に、10連休があるとかないとか。
そんなに休める会社って存在するのかしら。。。
(休めるものなら休みたい)

●先生からの提案

先日、梨娘の学校の先生より
『どうか保護者の目線で、入学を希望される生徒さん達の親御さんに向けてお話をして頂けないか。』との連絡がありました。
梨娘の通う学校への入学を希望される方々は、大半が中学時代の不登校など
様々な問題を抱えていらっしゃるご家庭が多く
先生方のお話だけでは全てを伝えることが難しく、より深く学校のことを理解してもらう為にも、現役通信制高校生の保護者からの話を聞くことで、何か参考になることがあるのではないか、とのことでした。
この試みは、今までなかったことで、初めてのことだそうですが
先生方のご意向に賛同したので、自分に出来ることがあればと思い協力させて頂くことになりました。

●通信制高校の3年間

梨子ちゃんがお話させて頂いたことは主に3つ。

その①梨娘の中学校の状況

中学校はほぼ3年間不登校。
テストも受けられなかったことがほとんどで親としても心配が尽きなかった。
授業に出られない為に評定が付かず、進路にとてつもない不安が押し寄せる。

その②通信制高校を選んだ理由

少人数制で大人数が苦手な梨娘に合っていること。
先生方との距離が近いので、きめ細やかな対応をして頂けて安心出来ること。
今の高校が交通の便が良く、無理なく通うことが出来そうだったこと。
(まずは学校に行けることを最優先にしたかったのでこの要素はとても大きく重要だったこと。)

その③高校生活と今後の進路について

積極的なボランティア活動や資格検定取得に励み、かなり上級まで取得出来た検定もある。
授業やレポート提出も頑張り、努力の甲斐あって大学進学を視野に入れることが出来ている。
そして何よりも『楽しい』という気持ちが芽生えて日々成長していく姿が見られていることが一番の幸せ。

●進む道はたくさんある

通信制高校というと、全日制高校に比べて周囲の認識が良くなかったり認知されにくかったりという状況が昨今でもまだまだ根強くあるのは否めません。
しかし、その子に合った、確実なしっかりとした学習環境が作れるので、梨子ちゃんは、梨娘の選択は正解だったと思っています。
進んだ高校が今後を全て左右し決める訳ではない、進んだ道で何をしてどう過ごしどこに進むのかをちゃんと考えることが出来、行動出来れば、場所はどこでもいいのではないでしょうか。

オープンスクールといって、中学生が様子や雰囲気、詳しいカリキュラム等を知るために学校を訪れる機会が、梨娘の学校には多くあります。
幸い梨娘は、そういった場面で、リーダーとなり高校生活の説明をしたり、積極的に中学生に話しかけコミュニケーションを取ったりと、とても頼もしい様子を見せてくれるようになりました。
学校を訪れる親御さん方は大抵、現在不登校のお子さんを持っていて、表情からも神妙な、かつ不安で心配な様子が見て取れました。
まさに、3年前の梨子ちゃんそのものを見ているようで。
胸に来るものがありました。
経験したからこそ分かるいろいろな思い。
少しでも届いていたらいいなと思う梨子ちゃんです。
その後、お話を聞いて下さった親御さんのお子様何人かは、梨娘の通う通信制高校への進学を決めたそうで、少しほっとしました。

●みんな頑張っています

梨娘の学年は男子も女子もみんな頑張っている子達が多く、推薦をもらったりして大学進学を目指して現在も頑張っています。
梨子ちゃん、いろ~んな思いがた~くさんありました。が。
梨娘の成長した姿を見ていたら
”もし全日制高校に行っていたら。。。”なんていう考えはいつの間にかとっくに消えていました。
一人一人に合った道をしっかりと歩んでいけたら。
遠回りでも、人とは少し違っても、いいのだと思います。
梨娘に出来ること、梨子ちゃんに出来ることを少しずつでも見つけていきながら、幸せで過ごせて行けたらと思うのです。

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大腸内視鏡検査を受けてきました

こんにちは、ペコちゃんです。健康診断を受けたシリーズ3回目(健康診断を受けてきた胃部X腺を乗り切るコツ)。健康診断のその後、詳細に状態を見られる大腸内視鏡検査を受けてきました、今回はそちらをお伝えします。

ルーペちゃんも隔年で内視鏡検査を受けていますが、大腸の場合カメラはお尻から入れます。ただでさえ不安な検査なのに、緊張が増す。。皆さんもこれから受診する機会があるかもしれません。検査はどう進んだのか、そして乗り切るコツをお伝えします!

正直に諸々のことをお伝えしたいと思っていますが、大腸という場所柄、いろいろな単語が出てきます。お食事中の方はまた後ほどご覧いただけたらと思います!

●なぜ大腸内視鏡を受けたのか

健康診断で便潜血の結果が陽性の場合、大腸の疾患が考えられます。実は検査の結果、陰性でした。なのになぜ内視鏡を受けることになったのか。そもそも今回の健康診断を受けるきっかけは大腸への不安でした。数年前から下痢と便秘の繰り返し。ストレスかしら?と深く考えていなかったのですが、正常な状態ではないなと思い始めたのです。

内視鏡の結果、8mmのポリープがひとつ発見されました。便潜血検査結果が陰性、かつ40代で内視鏡を受けたことを驚かれましたが、(かなり頑張って)受けてよかったです。

●内視鏡検査の流れは?

検査は肛門よりカメラのついた管を入れて、大腸にある疾患を調べるものです。疾患は主に、大腸ポリープ、潰瘍性大腸炎、虚血性腸炎、大腸がん。腸の中に何かがあると、正確な検査ができません。検査の前に全部出します

持ち物は万が一のための着替え、ポカリスウェッ、普段のんでいるルイボスティーを500mlずつ、本。

①前日:消化の良いものを食べます(うどん、おかゆ、じゃがいも、バナナ、豆腐など)。夕食は19時までに済ませ、それ以降は検査まで水分以外はNG(氷砂糖、カンロ飴などつぶつぶの入っていない飴はOK)。20時頃事前に処方されていた下剤をのみます

夜中3時頃に便意をもよおし、それから約1時間ごとにトイレへ行っていました。

②当日朝:鎮静剤を使うため検査後眠気が続きます、なので運転はNG、送迎をしてもらうかタクシーを利用します。私はタイミングが合ったので、行きは病院の送迎バス、帰りはタクシーをお願いしました。

③検査の説明を受ける:小部屋に案内されて説明を受けます。メンバーは6名でした。説明から推測するに、65歳以上の方3名、50代の方2名、40代私、初めて検査を受ける初回メンバーは私を含めて2名。65歳以上は検査後一泊入院し、体調の急な変化に備えます。検査後1時間ほど横になるのですが、だるさは少し残るので、入院できるのは安心ですね。

・2時間で2Lの下剤をのむ、目安としては、250ml/15分。→下剤の味はですね、味のないスポーツドリンクといったものです。甘い塩水のような。冷やしてあるとまだのみやすいはず。

・下剤以外でも水分をとる(最低1L)。→水、お茶(種類問わず)、スポーツドリンクを勧められました。私としては水よりも、味のあるものがのみやすかったですが、水をのまれていた方が多かったです。

・たくさんトイレへ行く。出ないと思っても、座れば出る。身体や腸をどんどん動かしましょう。→体操など大げさなものではなく、歩く、お腹をマッサージするなどで充分ですよ。私は、階段を使って他の階のトイレを利用していました。

④下剤をのみ進めていくと:私は250mlのむたびにトイレへ行きたくなりました。体内に吸収されない下剤なので、身体をさーーーっと通り抜けていきます。人によって様子は異なり、普段から便秘気味の方はなかなか出ず最後には腸を洗浄してもらっていました。大体の方は2時間半後には検査のできる状態に。便の様子を看護師さんに確認してもらうのですが、OK(透明になったら)をもらった方から順番に内視鏡検査を受けます。

⑤いざ検査:検査着に着替え、ベッドに左側を下にし横になり、鎮痛、鎮静、脱水防止の点滴を受けます。2、3分たつとぼーっとしてきます、ゼリーをつけて検査開始。ポリープの有無、個数によりますが、私はポリープ1個を切除し、約30分かかりました。

腸の内部を見やすくするために、時々空気を入れます。私はそれがきつかった・・・ ルーペちゃんが胃の内視鏡検査記事で教えてくれた「背中を丸めると楽」ということ。経口ではないのですが、同じように丸めたら楽になりました。ついこわばってしまう身体がほぐれたような。

画面で腸内を見ながら検査を受けることができます。腸の様子に神経を集中させたり、深ーく息を吸って吐いてと深呼吸を意識していると、痛みをのがせましたよ

⑥検査終了:鎮静剤の効果を消す注射をしたら、点滴をつけたまま処置室へ移動。ベッドに横になり、1時間ほど休みます。最後に血圧を計測し終了です。

●検査後気をつけること

お腹がはった状態が続くので、ガス(onara)を出すと段々楽になります。教えていただいたのが、横になり、右→下→左→上と順番に向きを変え、2分間で1回転のペースで動くとガスが抜けやすい。この方法で楽になりました。

数日間は運動、入浴(シャワーOK)NG、食事は水分をとって不快感がなくなったらOKでした。私は、1時間横になったら大分身体楽になりましたが、ややぽーーっとする感じ。やはりタクシーを利用して安心でした。

●その後

切除したポリープについては半月後に検査結果が出ました。腺種性ポリープで、2年後に再度内視鏡検査を受けて様子を見ます。

腸をきれいにする前処置や、腸に空気が入ることがきつかったですが、一緒に検査を受けた方々とお互い励まし合って水分をとったり。厳しい大腸内視鏡検査を乗り切るという同じ目標を持ち仲間のよう、支え合いました。一人だったらきつかっただろうな・・・ お話ししたり、トイレに行っていたら時間はあっという間に過ぎていき、持参した本は1回も開きませんでしたよ。

私は普段の体調を見て、内視鏡検査を受けました。検査はもちろん重要で必要なものですが、日常の自分の身体を知っているのは自分。時には身体の声を聞くことも大切だと感じた今回の検査でした。

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ダウン症のある娘小学2年生、個別支援級に進学し今の状況そして思うこと

こんにちは、ペコちゃんです。一昨年の12月にダウン症のある娘が来春小学校に入学するという記事を書きました(こちら)。早いもので娘は小学2年生になりました。

就学先が、3つ(特別支援学校、学区の小学校の一般学級か個別支援級)ある中、特別支援教育総合センターの判断がありましたが、保育園の先生方に相談をし娘のことを考え学区の小学校にある個別支援級(支援級とします)に入学しました。

私たちの住む横浜市では、支援級を希望する場合12月末までに小学校へ連絡するようになっています。来年そして再来年入学予定の方々に支援級について尋ねられることが多くなってきたので、こちらでもお伝えしたいと思います。

●就学までの流れ

横浜市ではこのようになっています。入学前年(年長年)の月です。

5月:地域の療育センターにて就学説明会(知的な遅れの有無や、行動面に心配がある場合などに分かれ、対象ごとに数日開催)。11月にかけて数回就学準備講座が開催されます。

6月:特別支援教育総合センター(特総センター)にて就学説明会(内容は療育センターのものと同じ)

6~11月:特総センターへ就学相談の予約を申し込む(郵送)→就学相談日の連絡→就学相談日に相談員の方と面談、グループ内での行動観察。
就学希望先の校長先生へ連絡をし、面談。

10~11月:小学校での就学時健康診断

12月:支援級希望の場合、12月末までに小学校へ連絡。

2月:通常級希望の場合通常級見学→小学校へ連絡。
支援級、授業体験。

3月:支援級担任の先生と面談。

4月:入学。

●個別支援級ってどんな感じ?

地域そして学校によって違いがあります。同じ市内の学校でも、対応が違うこともあります。進路を決める前に授業の見学や先生にお話しを伺うことをおすすめします。できれば、在籍中の保護者の方にもお話し聞けるとリアルな様子が分かり安心です。

私は友人やご近所のお子さんが在籍していたので、詳しくお話しを聞くことができました。学校を開く週間などがあり、授業の様子を見ることができますよ。

我が小学校の支援級は、こんな感じです。

・在籍児童は16人。2クラスに分かれていて、それぞれ10名(担任2名)と6人(担任1名)。国語や算数など個別学習の際には数名の補助の先生が来てくれます。車椅子を使う児童には常に加配の先生がお一人。

・在籍は支援級ですが、通常級を交流級とし、席があります。運動会など行事はすべて一緒です。

・児童一人ひとりに合わせて、交流級での過ごし方があります(基本交流級で過ごす、算数・国語以外は交流級、朝の会のみ交流級に参加するなど)

・基本保護者が補助や付添をすることはありませんが、運動会では近くに座りトイレや出番時に補助をする場合がある。他の行事では、移動がむずかしい場合付き添うこともある。

・登下校は入学後しばらくは保護者同伴、様子を見て担任と相談の上一人登下校します。

・夏休み前に翌年度進級学年の教科書を選ぶ(通常級のもの、発達に合わせたものなど)。

●娘の様子は・・・

学校生活をとても楽しんでいます。入学前に担任の先生と算数と国語以外は交流級で過ごすようにしてみましょうと話していたのですが、娘が落ち着かなかったので基本支援級で過ごし、行事(ハロウィンパーティや町探検、音楽発表会、縦割りクラスでの交流授業など)や朝の会、週一回の給食を交流級で過ごしています。

放課後や週末公園に行き同じ学校の支援級ではない子たちに会うと、名前を呼んで声掛けてくれて一緒にサッカーしたり、遊んだり。嬉しい姿です。

算数や国語の個別学習は、補助の先生がひとり付き見てくださっていますが、楽しみに張り切って授業を受けています。宿題、音読も毎日あります。

中休みや昼休み、天気がいいと校庭に出て、ボール遊びやフリスビーをしています。

●個別支援級に通って思うこと

入学前は、交流を多くと希望していましたが、娘はみんなはできて自分にできないことがあることを気にしているので、少人数の中自分のペースで過ごせることが娘にとっていい環境だと分かりました。そう思うまで半年くらいかかりましたが・・・

先生方はひとりひとりの様子を見て、良い環境を考えてくれています。年に2回個別面談そして1回家庭訪問がありますが、いつも長い時間になります。こんなに娘のことを想って将来のことも考えて日々接してくれるとは入学前には思わなかったので、びっくりしているのが正直な所なのですが、ありがたいです本当に。

私ができることは少ないのですが、気をつけていることは娘の様子を都度担任の先生、交流級の先生に伝えていることです。学校であったこと、思ったこと、うれしかったことを娘が話してくれることを毎日の連絡ノートに記します。先生も娘の気持ちを知ることができ、娘への理解を深めてくれるようになりました。

不安でしかたなかった2年前、たくさんの人たちに支えられて毎日を過ごせています。

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